カテゴリ:DNA。( 6 )

おじーちゃんな話。

朝も早よから、父親より「CRE(クレアチニン)」の数値について問い合わせの電話があり・・・答えてる場合じゃねーし。プロ(医者)に聞け、プロに!と思いつつ、丁寧に電話をして説明しているわたし。エライ(笑)

こうやって何度も父親ネタを書いているわけだが、身内で誰を尊敬しているか、と聞かれたら、それは父方の祖父。決して父親ではなかったりする(笑)10年以上前にこの世からいなくなってしまったのだが、たまーにお墓参りに1人でふらっと行きたくなるのだ。「みえるひと」から「右肩におじいさんがいますよ」と言われているからというわけではなく。

わたしの持っている祖父のイメージは「静かに本を読んでいるひと」

戦争時代は小型飛行機の設計をやっていて、その後農業に転職したらしいのだが。なので、田舎の家はそれなりに大きかったわけです。山もいくつか持っていたし、お墓は先祖代々数えると10以上あった。どこまでが本当なのか知らないけど。そんなわけで結構バリバリ働いていたらしいのだが、わたしにとっては「とっても難しい本を眼鏡をかけてじっくり読んでいる人」。それでもって「たまにものすごく難しい哲学の話をする人」。幼稚園児相手に説明してもニーチェとかわかんねーし!フルーチェと何が違うのさ、くらいに思っていた残念な孫です。そんなわけで普段はとても穏やかだったのだが、意地の悪いわたしがムカつくオトウトを泣かすと当然しっかり怒られました。ちゃんと悪いことは怒る人。怒られるとわかって悪さをしたことがあったのを見透かされて諭されていたので、そういう意味ではとてもありがたい存在だったと。もしまだ生きていたら、どんな話ができたかなあ、とたまに思うときがある。そしてもう一度名前の由来を説明してもらおうじゃねーか!(小3の時に名前について質問の手紙を出したらA4サイズ5枚にびっしり書いてあったのだが・・・行方不明。エジプトの~、って書き出しだったことは覚えているんだけど。)そんな祖父の遺品としてもらったのは岩波の「心理学辞典」と「精神医学辞典」・・・全然使う機会がないんだけど。

ちなみに母方の祖父のイメージは「何はなくとも、イカそうめんにダルマ(ウィスキー)」。それしか食べているのを見たことがなかった。四六時中だまーってイカそうめんを食べながらお酒を美味しそうに飲む。北の海の男はやっぱこうだよねえ?飲酒禁止で入院しつつ、病院抜け出してボトルを買いに行くという、酒への依存度はある意味素晴らしかったよ。病室で酒を飲む患者、フツーいないからね。何はなくとも酒で死ぬのが本望だったようなので、幸せな人生だったと言えるかも。

両極端な祖父2人をみていたわけだが、どっちも粋だと孫としては思うのです。
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by erumii | 2009-05-27 15:01 | DNA。 | Comments(0)

同じ血、と言われても。

そんなこんなであれやこれやと大騒ぎしているうちに、オトウトのところに女子が生まれ。わたしも正真正銘の「オバサン」になりました。わはは!まだカワイイとかカワイクナイとか、そういうレベルじゃない。寝ている体勢とかを見ていると、まだお腹の中にいる気分だと思う。

姪が生まれたんだよ、という話を元・同期で子持ちの専業主婦の子にしたら、「血がつながっているからかわいいでしょ」と言われ。・・・全然分からん。「同じ血が流れているから」という理由で何か貴重なものである、という価値や認識が独身子ナシのわたしにはよく分かりません。ただでさえ「自由すぎる」環境で育っているため、世の中の平均的な「家族に対する価値観」とは多少は異なっているのに。たとえ血が繋がった家族であっても、ある程度の境界線、ルールはあるべきだし、全てを許せるとは思っていないし。血が繋がっていようがいまいが、大事な人は大事だし。それに誰の子であっても基本的にちびっ子は好きなんだけどね。見てるだけでも、遊んでいても楽しい。んー、自分が子供を生んだら価値観が変わるのだろうか。まぁ、何かを考えたところで子供を生んでみない限り答えが出るわけではないので、闇に葬り去りましょう。

ちなみにHAHAは保育士だったくせに、人様の子供をからかって泣かすのが得意。あれはあれで、ある意味才能なんだろう、と信じたい(←大いなる現実逃避)。
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by erumii | 2009-05-25 16:02 | DNA。 | Comments(6)

生き延びたからには。

父親が退院したらしい・・・という風のうわさを聞いたので(どんな家だ)、実家に電話を掛けてみたら父親がいた(当然HAHAはまたどこかに行ったらしい)、金曜日に退院したらしく。女王様も散歩マスターが帰ってきてさぞ喜んでいることでしょう。入院して丸3ヶ月、わたしとしては生きて帰ってくると最初の1ヶ月は思っていなかったので、良かったなと。生存率20-30%だったので、ダテに「諦めの悪い男」じゃないね。心配してくださった皆様、ご迷惑をお掛けしました。ありがとうございました。この場をお借りしてお礼を申し上げます。

最初の請求書(4日分)が大卒の初任給額以上だったのにはさすがにびつくりだった。その半分が注射代。どんだけ薬高いんだよって。しかも全然効かなかったのを知っているので、さらにショーック。ま、背に腹は返られませんし、結果オーラーイ。もう忘れようってことで。

先週は家で株をやりたいがために外出許可もらって帰ってきていたとぬかしておりましたので、殴りに帰ろうかと思いましたが。ホントに相変わらず自由だよ、この家ってば。と子供としては思うわけです。昔から幼馴染に言われていた「自由すぎる家族」という言葉を改めて実感中。というか、家族という意識を少なくともわたしは持ち合わせていないのだが・・・。

父親には小学生の時に「父親の役割を期待してくれるな」と言われていたし、「お父さん」という呼び方は拒否されたし。そんなわけでタヌキに似ていたから、ずっと「たぬ」と呼んだり、武田鉄矢にも似ていたので「テツヤ」と呼んでいた時期もあり、最終的には名前呼び捨て。わたしはさんづけで呼ばれてたけど。そんなわけで、ここで「父親」という書き方をするのはひっじょーに違和感を感じるのだが・・・まぁブログくらいは記念に書いておこうと思いまして、ずっと「父親」表記できたわけです。

人はいつ死ぬか分からない、ということを久々にリアルに実感した出来事。それとHAHAは1人じゃ生きていけないタイプだということも。なので、頼むから父親にはHAHAより長生きしていただきたい。分かってると思うけど(分かってないのはHAHAだけ)、○○(←名前)、ホントよろしく頼むよ。この調子だとあと20年くらいは生きそうな気がするけど、とにもかくにも、良い一生だったなと思う人生を送ってくれ、と思うのである。
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by erumii | 2009-05-25 15:26 | DNA。 | Comments(0)

敵は身内にあり。

父親が三途の川から戻ってきまして。一般病棟に移りまして。「諦めの悪い男」の異名はダテじゃない。心配してくださった皆様、本当にありがとうございました。

一時期は毎週実家に帰っていたのだが、さすがに全く休んだ気にならず。その上HAHAが「わたしは毎週帰ってくるものだ」と調子に乗り、また熱海やら箱根やらに逃亡しようとしていたので隔週に減らし。一昨日帰ったら「日曜10時、自治会」と置手紙がありHAHAはおらず。どうせ30分くらいで済むだろと思い、出てみたら奥さん・・・年度の締めの総会ですよ・・・12時まで拘束。その上今年は班長らしく、13時からさらに1h30・・・ババア、ふざけんな。と久々に切れたわけです。切れる相手が目の前にいないので、イライラしただけですけどね。何のための日曜だ。まぁ、ああいう場所に集まる人たちの人間観察はそれなりに楽しかったのでいいんですけどね。しかし父親も快方に向かっていることだし、これ以上HAHAを甘やかして増長させることは本意に反するため、もし次に帰るとしたら、5月半ば以降にしようと決めたわよ。家族は免罪符ではなく、何でも許容できるわけではないのだ。

よくよく考えたら一番最初に遭遇した面倒な女、はHAHAなんですのよね。その次はうちの女王様(メス犬)か。
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by erumii | 2009-04-13 10:22 | DNA。 | Comments(0)

困るんです。

ソウルにいるはずが、実家にいたりなんかして。予約していたスパやエステにキャンセルの電話したよ、ぐす。

さすがに父親が死にそうなときに娯楽で海外に飛ぶほど非常識な娘のつもりはない予定。しかしケアができる状況でもなく、ベッドの横に椅子を置いて読書できるような状況でもないので、待合室で本を読んだり(置いてある小説のラインナップが結構ステキ)、近所にあるシネコンで映画を観たりスタバでリフレッシュ。医学はやっぱり素晴らしく興味深いので、医学部に行けば良かったかなと思う反面、いろいろ考えるとやっぱりサラリーマンで良かったなあと思ったり。アンタこんな状況の時に何言ってんのよ、と怒る人もきっといると思うけど(近所のおばさんとか)、冷静すぎる父親の冷静すぎる娘としては、そんなこと考えたりしております。

実家でCSI NYを観ながらウトウトしていたらしく、病院から呼び出しの電話が掛かってきたのだが会話している途中にようやく目が覚めたわたし。無意識に電話で会話してるってすごい、と思いつつタクシーでHAHAと病院へ。冷静すぎる父親、意識があるので、数値を聞いたりして「この数値がもう少し良くなれば、良くなるはず」などと言っている状態。そしてHAHAに向かって「とっとと帰れ」と手で追払う始末。プライドが高い彼らしい表現だわ。HAHAと爆笑。あの見栄っ張り加減は病気になっても治るわけがない。

正直、家族みんながHAHAよりも父親の方が長生きすると思っていたので、不意打ちをくらった感はある。だけどわたしは水曜朝のレントゲンを見てさすがに「これは死んでもおかしくない」と思った時に、「近いうちに父親が死ぬ可能性がある」という現実に対して覚悟ができた。そして数日経った今、個人的に慌てふためくとか、ああすればよかったなあ、という後悔というのが、正直ない。普通あるんだよね?例えば「花嫁姿を見せたかった」とか(笑)。これがまた恐ろしいことにない。本当にない。無理矢理捻り出そうとしてるんだけどね。我ながらアッパレ。ある意味残念な娘。そもそもまだ死んでないし、諦めの悪い彼がこのまま逝くとも思えない。万が一死んでしまったらもちろん悲しいのだけれど、たとえ身体・存在がなくなっても、父親との絶対的な信頼はなくならないと思っているから、冷静でいられるのだと思う。

悪い中でかろうじて安定、でも重篤な状態からは抜け出せずにいる状況。しかし今のところ月曜からは仕事に戻る予定でいるので、HAHAがDrと話をしたり、報告を受けるのが、ひっじょーーーーーに不安。人の話をちゃんと聞けない人に進捗を確認して正しい情報は得られる訳はないので。どうにかならんものかね。その上、我が家の思考プロセスは父:HAHA=わたし:オトウトで伝承されているのでね。というわけで(?)、わたし1人でHAHAやオトウトの相手はできないので、良くなってもらわないと困るのよ。早いとこ死の淵から這い上がってきてもらいたい。個人的に崖っぷちの状況はテンションあがるんだけどね、仕事以外でそれはイヤだ。

あー、電話の着信を気にせず、美味しいものをのんびりゆっくり食べたい。挿管直前まで入院食のことを聞いていた父と同じで、どんな状況でも食い意地が張っているあほ娘。
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by erumii | 2009-03-01 02:34 | DNA。

明日はカレー。

父親が死にそうでして。「いつ死んでもおかしくない」状態で、叔父曰く「一昔前ならもう逝ってる」。

昨日の午後、携帯に残っていたHAHAからの伝言メモは「来たほうが良いと思います」 病院に向かう道中、わたしの頭の中では2つ。HAHAの話は正しくないだろう。そして、(まだ死んでないけど)彼は満足する人生を送れたのだろうか。ということ。病院について担当しているDr(内科部長兼診療部長)に会ったら「ご家族は呼ぶべきだと思ったので」。やっぱり全然違うじゃないのさ。
説明を聞いた後、病室であった父はどう見ても苦しそうだったが、HAHAを心配させないようギャグを飛ばし。笑ったら案の定HAHAに怒られた。そこは思考が似ている父娘ということで、わたしは笑うのが礼儀だと思ったのだけれど。HAHAと弟が席を外しているときに、仕事を含め連絡が必要な相手等を確認。その後でぼそっと「もうちょっと早く来れば良かったかな」。「今日来て良かったじゃん」と言う以外、思いつかなかった。


父親は長男にも関わらず兄弟(わたしの叔父達)と絶縁状態にしていたので、祖母が死んで以来10年間、一切連絡を取っていなかったし、連絡先も知らず。昨日Drから状況を聞いた後、携帯のWebで名前を検索し、あの手この手で叔父1人の自宅電話番号ゲット。話を報告。叔父の専門分野から外れるけれど同じ内科ということであれやこれやと話していたのだが、口調があまりにもそっくりなので、父親と話しているのかと錯覚した。やっぱり兄弟だなあ。

早朝、昨日より状態が悪化しているので病院から呼び出しがあり経過報告。夕方叔父も病院に駆けつけてくれて一緒に説明を聞いてもらった後、叔父が端的に状況を説明してようやくHAHAが現実を理解。夜通し付き添うことも可能だが、長丁場になる可能性もある上に、看護師の説得工作もあり、納得しきれていないHAHAを連れて今宵も自宅待機。わたしは帰り際に意識のない父親に「明日は(父親の好きな)カレーだから、早く帰ろう」と伝えたのだけれど、ちゃんと届いているかしら。都合の良いことは聞いているはずなのだけど。
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by erumii | 2009-02-25 23:50 | DNA。